
生成AIや大規模言語モデル(LLM)の進化により、ECの体験は大きな転換期を迎えつつあります。商品を「探して購入する」従来のスタイルから、AIがユーザーの意図をくみ取り、購買プロセスそのものを支援する、あるいは一部を代行する動きが広がり始めています。
こうした流れの中で注目されているのが「Agentic Commerce (エージェンティックコマース/エージェントコマース)」という考え方です。海外では、OpenAIがChatGPT上で商品提案や比較を支援するショッピングリサーチ機能を導入したり、チャット内で商品を選び支払いまで完結できるInstant Checkoutの環境が一部ユーザー向けに提供されるなど、AIを購買体験に組み込む動きが進んでいます。
こうした実装事例は、単なるレコメンドや検索支援を超えて、AIが購買の一部を担う方向へと進化していることを示しています。日本市場でも、将来的なECのあり方を考えるうえでの選択肢の一つとして議論されるようになってきました。
本記事では、エージェントコマースがどのような仕組みで成り立っているのかを整理したうえで、メリットや課題、さらに国内外の活用事例を交えながら、その可能性について解説します。
エージェントコマースとは
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エージェントコマースとは、AIエージェントがユーザーの指示や行動履歴、嗜好データなどをもとに意図を理解し、商品の検索・比較・購入といった一連の購買行動を支援、または代行するECの仕組みです。
従来のECでは、検索や比較、最終的な判断までを人が行うことが前提でしたが、エージェントコマースではAIが購買プロセスの中心的な役割を担います。ユーザーは条件や目的を伝え、AIの提案を承認することで、スムーズに購買を進められる点が特徴です。
この分野は比較的新しい概念であり、「エージェントコマース」や「Agentic Commerce(エージェンティックコマース)」など複数の呼称が使われています。本記事では、これらを同義として扱い解説します。
エージェントコマースの仕組み
エージェントコマースは、以下のようなプロセスで構成されます。
- AIとユーザーの対話(指示・確認)
- 横断的な情報収集・比較
- 条件に基づく提案
- 決済・購入の実行支援
- 購入後の管理・最適化
たとえば、ユーザーが「東京から名古屋までの新幹線と宿泊先を予約して」AIに指示をするとAIは予算や日程、希望条件などを対話形式で確認します。そのうえで、複数の予約サイトや商品情報、過去の利用履歴などを参照し、条件に合った選択肢を提示します。
近年では、人間の最終承認を前提としつつ、チャット上で購入や決済まで完結する仕組みが一部のサービスで実装され始めており、エージェントコマースは実証・概念段階から実用段階へと移行しつつあります。
従来のECとの違い
- 従来のEC:検索 → 比較 → 選択 → 購入(人間がすべて意思決定)
- パーソナライズEC:検索 → 比較 → AIが推薦 → 選択 → 購入(最終判断は人間)
- エージェントコマース:AIが意図を解釈 → 商品選択・比較・購入を支援または代行(人間は承認や信頼判断に注力)
従来は「検索すること」自体が購買の起点でしたが、エージェントコマースではユーザーの目的や状況を起点にAIが行動する点が大きな違いといえます。
エージェントコマースが注目される背景
エージェントコマースが注目される背景には、生成AIの性能向上に加え、消費者行動の変化があります。
従来のECでは、商品比較や入力作業など、多くの判断・操作が必要でした。一方、エージェントコマースではAIがこれらをまとめて支援するため、ユーザーは「AIに任せるかどうか」を判断するだけで購買が完了する体験が実現しつつあります。
エージェントコマースのメリット
エージェントコマースは、ユーザーの購買体験を変革するだけでなく、企業側のビジネス成果や業務効率にも影響を与える可能性があります。ここでは、顧客体験と企業価値の両面から整理します。
顧客体験価値
エージェントコマースの最大の特徴は、購買プロセスを「検索中心」から「目的中心」へと転換する点にあります。
従来のECでは、ユーザー自身が検索キーワードを考え、複数の商品を比較し、仕様や価格を確認しながら最終判断を行う必要がありました。一方、エージェントコマースでは、AIエージェントがユーザーの意図を解釈し、最適な選択肢を提示します。
たとえば「来月の出張に必要な備品をまとめて手配したい」といった曖昧な指示に対して、AIが条件を整理し、商品候補を提示し、購入手続きまで支援するといった体験が可能になります。
このように、ユーザーは「商品を探す」のではなく「目的を伝える」だけでよくなり、購買にかかる時間や負担を大きく軽減できます。
企業側のビジネス価値
エージェントコマースの導入は、企業にとってもさまざまなメリットをもたらします。
AIが顧客の意図を整理し、最適な選択肢を提示することで、比較途中での離脱を抑制し、コンバージョン率向上につながる可能性があります。また、購入履歴や対話内容をデータとして蓄積することで、より高度なパーソナライズ施策にも活用できます。
さらに、問い合わせ対応や商品選定支援の一部をAIが担うことで、カスタマーサポートや営業部門の負荷軽減にも寄与します。
BtoB領域への拡張
エージェントコマースの考え方は、BtoC領域だけでなくBtoB取引にも応用可能です。
BtoBでは、仕様確認、見積取得、条件比較、社内承認といった複雑な工程が発生します。AIエージェントが過去の発注履歴や契約条件をもとに候補を整理し、比較資料を提示することで、意思決定の迅速化が期待されます。
特に、定期発注や継続契約の多い領域では、エージェントによる自動化の効果が大きくなると考えられます。
エージェントコマースの課題
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一方で、エージェントコマースは発展途上の分野であり、いくつかの課題も存在します。
正確性・信頼性への不安
AIの出力をどこまで信用できるのかは依然として課題です。
調査では、AIを「信頼している」と回答する割合が多くの国・地域で過半数に達していない一方、AIの出力を十分に検証しないまま利用している実態も示されています。
不適切な指示や学習データの更新不足があると、提案内容の精度が低下する可能性があります。
※参考:KPMG「Trust, attitudes and use of AI - Global Study 2025」
セキュリティやプライバシーのリスク
エージェントコマースでは決済情報や個人情報データを扱う場面が増えるため、セキュリティ対策が不可欠です。API連携や外部サービス利用時の権限管理、暗号化などが不十分な場合、情報漏洩リスクが高まります。
法的責任の所在
AIが関与する意思決定に関しては、法整備が追いついていない部分も多く、トラブル発生時の責任の所在が不明確になりがちです。AIの利用範囲や責任分担を明確に定義することが求められます。
エージェントコマースの活用事例
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ここでは、エージェントコマースの考え方を具体的に理解するため、海外および日本における代表的な活用事例を紹介します。特に、日本市場でも実装が期待されているものから順に取り上げます。
対話型ショッピングエージェント(Amazon)
Amazonでは、生成AIを活用した対話型ショッピングアシスタント「Rufus」を展開しています。Rufusは、Amazon.co.jp上の商品情報やレビュー、Web上の情報をもとに、ユーザーの質問に回答しながら商品選定を支援する仕組みです。
商品の違いや用途、選び方などを対話形式で確認できるため、従来の検索結果一覧を前提としたEC体験に比べ、目的の商品にたどり着きやすくなっています。現時点では購買判断の支援が中心ですが、対話を起点に購入までを一貫して支援する設計思想は、エージェントコマースの代表的な実例といえるでしょう。
検索・購買を統合するAIエージェント(Google Gemini)
Googleは、生成AI「Gemini」を通じて、検索・比較・意思決定をAIが担う購買体験の高度化を進めています。海外では、小売事業者と連携し、ユーザーがチャット形式で条件を伝えるだけで、商品探索から購入導線までを一貫して支援する取り組みが進められています。
これは、従来の「検索→一覧表示→比較」という流れとは異なり、AIがユーザーの意図を解釈し、最適な選択肢を提示するエージェントコマースの形といえます。Google検索や決済、モバイル端末との親和性を考えると、日本市場でも比較的導入しやすいモデルとして注目されつつあります。
日常購買を自動化するAIショッピングアシスタント(Instacart)
Instacartは、食料品や日用品の即時配送を提供するプラットフォームとして知られていますが、近年は生成AIを活用した購買体験の高度化にも注力しています。
AIアシスタントは、ユーザーの購入履歴や嗜好をもとに商品を提案したり、在庫状況に応じた代替商品を提示したりする役割を担います。将来的には、定期的に購入する商品や生活パターンをもとに、ユーザーの明示的な指示がなくても購買を支援・自動化する体験を目指しています。
食品や日用品といった「購入頻度の高い日常領域」を対象としている点は、日本のネットスーパーや宅配サービスにも応用しやすく、エージェントコマースの実装イメージを具体的に想起しやすい事例です。
国内ECプラットフォームでの展開可能性(楽天グループ)
楽天グループは、EC、決済、ポイント、会員データなどを横断的に保有しており、エージェントコマースとの親和性が高い基盤を持っています。現状は検索やレコメンド機能が中心ですが、将来的にはユーザーの嗜好や購買履歴をもとに、対話型で商品選定から購入までを支援するエージェント的な体験への発展が期待されています。
既存のサービス基盤を活かしながら段階的に導入できる点で、日本市場における実装が検討されやすい事例といえるでしょう。
日常接点を活かした購買エージェント(LINEヤフー)
LINEヤフーは、LINEを中心とした高頻度なユーザー接点を持つ点が特徴です。チャットUIに慣れた日本の消費者にとって、LINE上での対話を起点とした購買支援は受け入れられやすく、エージェントコマースとの相性が良いと考えられます。
検索や比較、購入といったプロセスをAIが段階的に支援する形での導入は、現実的なアプローチの一つです。
決済領域から支えるエージェント対応(GMOペイメントゲートウェイ/GMOイプシロン)
GMOペイメントゲートウェイでは、エージェントコマースの普及を見据え、決済領域からAIエージェント活用を支える取り組みを進めています。その一例が、グループ会社であるGMOイプシロンによる、開発者向け決済サービス「fincode byGMO」の取り組みです。
fincode byGMOは、AIエージェントが外部サービスを理解し、適切なリクエストを生成・実行するための共通仕様として提案されている「MCP(Model Context Protocol)」に対応しました。これにより、AIエージェントが決済機能をより安全かつ正確に利用できる環境づくりが進められています。
エージェントコマースでは、購買判断だけでなく決済処理までAIが関与するケースが想定されるため、セキュリティや権限管理、不正対策を含めた決済基盤の整備は欠かせません。決済サービスプロバイダーがこうした技術的な対応を進めることは、エージェントコマースに対する信頼性向上にもつながると考えられます。
fincode byGMOのMCP対応に関する背景や技術的なポイントについては、以下の記事で詳しく紹介されています。
おすすめ関連記事:公式MCP対応で示すAIに任せる"決済領域"―決済サービスプロバイダーが果たすべきAI時代の役割―
エージェントコマースの今後
今後、エージェントコマースはチャット型の操作にとどまらず、音声アシスタントやスマートデバイス、各種オンラインサービスとの連携など、より多様な形で提供されていくと考えられています。
こうした世界では、AIエージェントがユーザーに代わって商品を検索し、比較し、購入や予約、支払いまでを自動で実行するようになります。その際、AIが外部のECサイトや決済サービスなどを安全かつ正確に利用できるようにするためには、サービス同士が共通のルールで接続できる仕組みが不可欠になります。
現在、この共通ルールづくりとして、AIエージェントの行動を制御するためのプロトコル(ACP:Agentic Commerce Protocol)、商品検索や注文処理など商取引全体を扱うプロトコル(UCP:Universal Commerce Protocol、MCP:Merchant Commerce Protocol)、さらに支払い処理を担うプロトコル(AP2:Agent Payments Protocol)などの整備が進みつつあります。これらの仕組みが整うことで、異なるサービス間でもAIエージェントが安全に取引を行える環境が広がり、エージェントコマースのエコシステム全体の拡大が期待されています。
国内においても、決済や本人確認といった分野でAIエージェント活用を見据えた取り組みが進んでいます。決済サービスプロバイダーがAIエージェントと連携しやすい環境を整備することで、セキュリティや不正対策を強化しつつ、エージェントコマースの普及を後押しする役割が期待されています。
まとめ
エージェントコマースは、AIを活用した次世代のECモデルとして注目されています。
AIが購入プロセスを支援・代行することで、消費者はより少ない手間で、自分に合った商品やサービスを選択できるようになります。
一方で、正確性やセキュリティ、法的責任といった課題も残されており、技術面・制度面の両面での整備が今後のカギとなるでしょう。
(by あなたのとなりに、決済を 編集チーム)
※本コンテンツ内容の著作権は、GMOペイメントゲートウェイ株式会社に属します。